Better than you

 私は、この子供が、お金をおくれと言つた時に思ひ出したのであつた。一ヶ月程も前のこと、かきつばたの花を買つて、夜更けに花屋から出て来ると、十三四の男の子が、やつぱりこんな風に呼びかけて来て、お金をおくれと言つたことがあつた。お使ひに行つてお金を落してしまひ、いまゝで帰れないのだと言ふのであつた。落した金はどれほどと聞くと、十銭玉二つと言つた。どうして、私に呼びかけたのと聞くと、花を買ふやうなひとは金持ちだらうから言つてみたのだといふのであつた。夜も更けてゐたので、私はその悄気てゐる子供に十銭玉を二ツやつて、お使ひを済まして早くお帰りなさいと、踏切りのそばで別れたのであつたが、それは、本当にさうかも知れないと、その子供のふつくらした顔に信頼してかきつばたの花を活けながらも、いいことをしたとよろこんでゐたのであつた。
 だが、一緒に歩いてゐる此子供は、花屋の前で逢つた子供よりも二ッ三ッ小さくて、話はあの子供よりこみいつたことを言ふのであつた。

 本当を云えば、初め、僕は彼女を愛しているのでも何でもなかったのだ。彼女だって、僕と一緒になるなんぞ夢にも思わなかったろうし、結婚の夜の彼女が、「済まないわ……」と一言漏した言葉があった。どんな意味で云ったのか、僕だけの解釈では、僕以外の誰かに、済まなさを感じていたのであろう。――僕は彼女を知る前に、一人の少女を愛していた。骨格が鋭く、眼は三白眼に近い。名は百合子と云った。歩く時は、いつも男の肩に寄り添っていなければ気が済まないらしく、それがこの少女の魅力でもあった。
「とうとうお菊さんと結婚なすったンですってね。三吉さんもなかなか隅におけない」
 黄昏の街の途上で会った時、百合子はチラと責めるように僕を視てこう云ったが、歩きながら、例のように百合子は肩をさし寄せて、香料の匂いを運んで来る。だが、おかしい事には再会するまでのあの切なさも、ふと行きずりにこうして並んでみると、夫婦になってからもなお遠く離れて歩く菊子の方が、僕には変に新しい魅力となって来ているのに気がつくのであった。

 昔、下谷の下宿にいました頃、下宿のお上さんが、「あのひとは染のいい絣を着ていたからいい家の息子に違いない」なぞと、部屋を見に来る学生のなりふりを見てこう云っておりましたが、なるほど面白いなと思いました。
 一口に紺絣と云っても染のいいのはなかなか高価でしたが、その頃は仕事も現在のようにラフでないせいか、たいして高価でない絣でも、随分洗いが利いて丈夫だったものです。――私は、どうもセルを好きません。何だか小柄でむくむくしていますせいか、セルを着るかわりに、袷から単衣にすぐ変りますが、いまでもセルがわりに紺絣を着ております。セルでも、昔は柔かい薄地のカシミヤと云うのがありましたが、あれは着心地がよかったものです。でも、カシミヤは大変高価だったので、清貧楽愁の私の家では、私に紺絣ばかりを着せてくれました。